5月31日(日) 解散後、帰路へ

嗚呼!汗と涙の激走1,200km   嗚呼!汗と涙?の東京徘徊    恐怖のパワーリフト    少年眠りゴケ疑惑事件    交差点にこだまする9Rの響き

【嗚呼!汗と涙の激走1,200km】

 −9R、もとい、バイクの知識のなさ、露呈−
 
    安達太良SAで東北道−首都高−東名ルートを選択した私は、次の集合地、栃木の佐野SAを目指して出発しました。栃木県の矢板ICを過ぎ、高速にも慣れてそろそろつまらん、とか思い始めた頃、突如、
 
「ぼぼぼぼぼ・・・ぼぼぼ・・・ぼぼ・・・ぼ・・・ぼぼ・・・・」

   『をいぃ。ガス欠かいな。勘弁してぇな〜。』と思いつつアホアホな私はコブラの時の癖で路肩に寄って止まってしまったのでした。(だって、コブラは負圧式コックやから、とりあえず止まっとけ、ってバイク屋さんに言われてたんやもん。←いいわけ。)
   『えらいこっちゃ。9Rのコックはどないなっとんかいな(←知らんのかい!)』
と思いながらバイクの横でしゃがんでいると、前で一台止まってくれてはる!前から歩いてきてくれたK田さんの姿には後光が差して見えましたね。で、「9Rでガス欠したらコックをそのままRESにすればいい」という著しく基本的なことを聞いて確認、いざ、エンジン始動!・・・・・かからへんがな!!なんでーと思いつつおろおろする私に代わって、K田さんがバイクを揺らしたりいろいろやってくれて、ようやく無事かかりました。
    次のSAはそこから10kmも離れてなくてほっと一安心、K田さんが先導してくれて走り始めるとそのSA(上河内SA)の入り口にF瀬さんが!実はF瀬さんと私は同じぐらいに給油していたので、『佐野まで持つやろう』ということで安達太良SAで給油しなかったんですね。F瀬さんは30km手前ぐらいからリザーブで走ってきはったらしいです。
    給油しながら、F瀬さんに『佐野まで持たへんかったなあ。え?ガス欠して停車したん??』と言われて心にグサグサきました。ああ、情けない。K田さんには『じぶん、ほんま大丈夫かぁ?めっちゃ心配やわ。』と言われ、本当に自分でも心配になってしまいました。
 

−涙の首都高物語−

   佐野SAでよるごはんを食べて出発。首都高使うって聞いてかなりビビリ入ってた私に皆さんが『大丈夫。ちょっとすりぬけできればOK!』と言ってくれたので、その「ちょっと」を信じて安心してました。埼玉でA戸さんとお別れして、いざ、外環へ!その時点で訳の分からんややこしげな道路標示に圧倒されていた私はもう『前とはぐれたら一巻の終わり』とばかりに必死でついていきます。しかしその「前」がF瀬さんとK林さんだっただけに車と車の間をぬってスイスイと走っていってしまいます。『待ってぇ〜』と追いかけることで必死の私の頭には既に「周りの交通に配慮する」という考えは消えつつあります。で、ある時、追い越しをかけて走行車線に戻ろうとするタイミングがひぢょうにきわどくなってしまい、こともあろうにヤバめなインフィニティーの前にぎりぎりで入ってしまったのでした。当然のごとくインフィニティーはキレてしまいます。おかげで私のすぐ後ろを走っていたK田さんやS水さんがえらい被害を被ったらしいのですが、なにぶんキレさせた当の本人気づいてないのでタチ悪い。
   後ろで二人がヒヤヒヤしてるころ、私はようやくちょっと慣れてきました。知らんうちに首都高に入って、『けっこう空いてるや〜ん』とか余裕ぶっかましつつ、前に東京に住んでたころに見覚えのある地名を見つけては興奮していると・・・・・前になんかイヤな感じのブレーキランプの大軍が見えるではないですか。
   『はっ!これはウワサに名高い渋滞・・・』と思い、心の準備をする間もなく、先頭のF瀬さんはスイっとすりぬけを開始!続くK林さんもあの夜逃げ仕様にも関わらず、さくっと車の間に入っていってしまいます。私はその時点ですでに泣きそうになっていたのですが、はぐれたら路頭に迷うと思い、必死で追跡。

★現場レポーターK林氏談
 前は古瀬さんがグイグイ進む・・・(覚悟してました^^;) 後はMーやんがピッタリ付いてくる・・・(タダ者ではないナ ^^;;;)
私に残された道はということで、覚悟決めてミラー畳みました。いじょ。
 

 でも車の皆さんも気が立ってて(当然?)幅寄せされまくり。先頭のF瀬さんも何度か止まらざるを得ないような状態になってましたが、その度にF瀬号のバンス管がうなるうなる。車もこれにはビビるのかちょいと幅を広げてくれるのでその隙にうりゃっとばかり、K林さんと私も通ります。でも私の後ろのK田さんとS水さんが通る頃には車もまたキレ始め、さらに厳しい幅寄せやらトラックのエアブレーキ攻撃を受けていたようでした。S水さんはなんかゴミ投げられたとか言うてはりました。
    恐怖の渋滞もやっと解消・・・と思いきや、今度は工事による1車線規制!『をいをいをいをいシャレにならんで。もうやめようやぁ。・・・うわっ。こわいこわいこわいこわい。いやマジでえーかげんにしようや。いやぁ〜、置いてかんといて〜。ちょ っともーなんでこんな厳しい試練を私に課すね〜ん。かみさまぁ〜』とかメットの中 で半狂乱になりかけながら訳の分からんことをずっと叫んでました。(ちなみに上の 台詞、身近な関西人に読んでもらうと臨場感が味わえるかと。)
    涙の首都高をようやく抜け、東名に入って最初の港北PAに着いたときにはもうほ んまに死んでました。やっとのことでバイクから降りられても足が震えてまともに立 てない歩けない。やっとしゃべれるようになっても全身の筋肉が震えてるからどもる どもる。
    来年関東でミーティングがあっても金輪際首都高は通るまいと固く心に誓いました。

…涙の首都高物語とは、実はK田さん&S水さんのことかも知れませんね。本当にお疲れ様でした。
 

その2(東名名神山陽道編。)に続く。
 

−東名高速にて−(お供の者より)

 M嬢は神奈川チーム(Ko、Ki、F、Sの4氏)と共に、23:45ごろ東名港北PAを出発。足柄のSAの仮眠施設で一泊することに決定し、Ko料理長が、足柄SAまで引っ張っていくことになりました。
 その後、Ki選手が横浜町田ICでおり、24:00ごろ厚木ICにて、F、Sとわかれました。さらに12:30ごろには足柄SAについて、ホッと一安心していました。
Ko氏の役目も、後はM嬢を仮眠施設へご案内して無事完了と思ったのですが…
SAの人からは「上り側施設へは行けません。」との返事が! -_-;
 相談の結果、深夜の東名をひた走り 牧の原SA にて休憩。外が明るくなってから浜名湖までお見送りして、以後はM嬢の一人旅となりました。
 

−足柄SAの熱い、もとい、悲しい夜−

   港北PAで首都高の衝撃を癒して出発。足柄SAに泊まれる所があるらしく、Ko料理長がそこまで先導してくださるというのでお言葉に甘えることにする。
   厚木でF瀬さんとS水さんにお別れして、しばらく走って足柄SAに着く。
   でもなんか様子がヘン。
   よくよく見てみると、足柄SAには下り線のほうに宿泊施設がないのでした。それはいちおう事前に予想してたけど、上りのほうに歩いていけると思ってたのに、それもダメらしい。くそう。
   しょうがないのでまたちょっと走って、牧の原SAというところで休憩。Ko料理長のシュラフを掛け布団代わりにお借りして、休憩所のベンチで横に・・・なった瞬間に寝てました。気づいたら1時間半も経ってました。
   Ko料理長には結局 浜名湖のあたりまでついてきてもらってしまいました。大・感謝。

・・・・・・・・・・この後、名神、中国を経由して山陽道へ。特に何もなく、ただやたら休憩をいっぱい取る。50km 走って30分休憩(寝る。)のサイクルを6回繰り返す。そして舞台は山陽道、姫路付近・・・・・・・・・・
 

−和泉ナンバーのスカイラインGT-Rと追いかけっこ−

 山陽道は気持ちいいくらいガラガラで、ちょっとヤバイかなと思いつつも 常時右車線を ピー km/h巡行で走る。
姫路にさしかかった所ぐらいで、左にスカイラインがいるのが目に入る。目には入ったけど、あまり気にもせず、そのまま走って追い抜く。
   すると!
(*)私が追い抜かした直後、突如スカイラインが右に車線変更したかとおもうと、ごっつい勢いで追いかけてくるぅ!
なんやいきなり、と思い車線を譲るために左に入ると、スカイラインは私を追い抜き、前に入ってきたぁ!そしていきなりスピードダウン!!
 今度は70-80km/hでちんたらと走る。をいをいなんやねんこいつは、と思い右に出て追い抜くと・・・(*)に戻る。これを延々5,6回繰り返された。変化を加えてみよう、と思い、時々あおられてもしばらく頑張ってみたけど、なんかやたら相手も頑張ってくるし、下手に付き合ってたら死にかねん、と思って繰り返し。結局最後はばびゅーん、と突き放されて、おわり。

恐かったけどそれなりに面白かったデス。向うも暇やったらしい(^^;
 

−こんどはZX-11と追いかけっこ−

 広島県に入り、さっきのスカイラインとの戦いで気分的にダルくなったので、 ピー km/hぐらいでぼーっと走る。
すると、福山ぐらいでZX-11が私の後ろに入ってきた。それまでバイクを見かけなかったのでうれしいなあ、と思ってるとゆっくりぶりに痺れをきらしたのか、ばびゅん、と抜かされる。
 あー待ってー。とか思いつつ追いかけていくと向うも暇なのか、抜かさせてくれる。抜かすとまた追いかけてきてくれて、なかなか楽しげな時間が過ごせました。さっきのGTRみたいにえげつない減速とかをされたわけではなかったし、
全体的に、速くて ピー km/hぐらいだったので、疲れなかったし。
 

【嗚呼!汗と涙?の東京徘徊】

 仙台から現在のK主任の住処である幡ヶ谷へ帰るときのこと...
 東北自動車道の仙台南までN君につれていってもらい(どーもThank youでしたm(_o_)m)、高速の人となった後あまりの眠さに耐え切れず、PAに頻繁により水で顔をあらったりするがどーしても眠い...ってことであきらめて30分程仮眠をとることに(-_-)zzz...で、なんとか復活しかしこの時点ですでに21:30、まだ住処まで300kmくらいあるのに...が、仮眠したことで少し復活、なんとか23:30頃、浦和ICを降りる...
 首都高を使うことも考えたが、工事渋滞の表示があったため下道を選択...しかしこれが失敗であった...

 前回、青森Mの後の帰り道はF氏に先導してもらい首都高を使ったため浦和→幡ヶ谷を走るのは始めてである。まっ、これたんだからなんとかなるだろうと気楽に考えて走り出す...とりあえずは順調に国道を走行...そして無事環七に入る。よしよし、簡単じゃん...そして17号線へも無事進入...そして17号を走る、走る...うん?中野方面への分岐がある...あれ?どっちからきたかなぁ〜...まぁ、まちがってても17号走ってればいつかは甲州街道(住処は甲州街道傍っす)にでるだろうと思い、17号を選択...これが間違いでした;_;

 で、しばらく間違いに気づかず走りつづける...なんか見たことある通りの名前だなぁ...ってことで、曲がってみる...がなんか違うってことで、17号にもどる...この時点ではまだ間違いに気づいていない ^^;;;; で、さらに走る走る...おや?日本橋?お茶の水?本郷?うーーーーーーーーーーーーん、まちがえたぁ(T_T)...ってことで、とりあえず止まって地図を出す...ってこれまで地図見てなかったかい、そう、見てませんでした ^^;;;;
 で、とりあえず現在地を確認しようとするが、わからない...が文京区ってなってるので、かなり東にいることは確か...ってことでとりあえず西へ向かうことに...でずーーーーーーっと走っていくと、T字路に...外堀通り...おっ、首都高の入り口もあるぞ...ってことで、無事現在地を確認...でルートをチェックし走り出す...が、いきなり地図ではよくわからない道路の合流・分岐のしかた (;_;) えーい、適当に行ってしまえぇ〜、と、懲りずに野生の感で進む...今回は正解でした v^^v で、ひたすら新宿を目指し走る走る...おぉ〜新宿の文字が標識にぃ、ほっ。
 んが、またどっかの駅前で違う方向を選択した模様 --;;; だって地図だとこっちに見えたんだもん ;_;
 が、今回は大して迷うことなく無事甲州街道へ ^_^v

 ってなこんなで、結局帰りついたのは1時過ぎでした...なんと1時間半以上かかってる...きっとまともにいけば40分もあれば帰れるはずなのに...まぁ、ガソリンも結構余裕があったので、そこそこ楽しんではいたんですけどね ^^;;;
 まぁ、次回は迷うことなく、住処にたどりつけることでしょう。...たぶん...きっと ^^;;;;

(早く東京の道覚えてね)
 

【恐怖のパワーリフト】

 盛岡へ向けてR4北上中のことでした。ある交差点で、ブルーシグナル、Go!

<運転手>
 「しまった、アクセル開けすぎた!」と思った瞬間、わき腹どころかその上の肋骨の部分を膝で締めつけられていました(^^;
 
<乗客>
 はいー、落とされそうになりましたー後ろに45度傾いた時(あ、σ(^^;)  だけね。バイクはかろうじてウィリーしませんでした。はは・・・  恐かった・・・)まじ、死ぬーーーー!!! と思いましたです。
 仮面ライダーのお腹になるほど鍛え上げた腹筋(<嫌杉)のお陰で、どうにか復活できましたけど・・・。A^^;;;;;

<後続車>
 「うおー轢いてしまうー」って瞬時にライン換えてました>僕  命を懸けたセクシーポーズ、ステキでした。

<運転手> 
 しかし復活した乗客は凄いです。フリーハンドだったのか? その時手はどのように使っていたんだろう? ギモンです?

<乗客>
 ・・・・最初からずっと、グラブバーを両方しっかりと 握ってましたがな・・・・B1だったら、絶対死んでたな。(^◇^;)
(以上、R4北上組)
 

【少年眠りゴケ疑惑事件】

 それは東日本Mの帰り道、盛岡目指して走り続け、眠くなった者2名のために北上市で休憩を取ったあとの出来事だった。
 休憩中に、センセイの到着が遅くなると大変と、ここでまた敬老精神を発揮してくれたC1リヤシートY嬢と9R(E1)@少年、ついに東北道紫波I.C.でY嬢を少年に 引き継ぐことにした。
 休憩後、さらに爆走。東北道と間違えるようなスピードでひた走る(^^;  しばらく行って、ミラーにE1のライトが映らなくなったのに気付く。「しまった! 置 いてけぼり食らわしたか?」 しかし、信号ではそれらしきことはしなかったはずだ。
 交通量の少 なくなった22:30前、車がかなりの間隔を置いて通り過ぎる度に不安が増す。
 おかしい。しかし彼は北海道ライダーだ。だがしかし彼はまだ若葉大型ライダーだ。・・・まさか
 後ろのY嬢もさすがに心配になってきたらしい。「車止めて聞いてみようか」私と同じく、 最悪の事態を考えていたようだ。しかし救急車も来ない?????
 5分ほどの時間だったろうか、それがとても長く感じられ、性格的に共通点を持つ我々は、合意 もなしに今来た道を引き返す。しばらく行ったところでE1のライトとすれ違う! その 時の気持ちは、言い尽くせないものであった。
 先を急いでいるので、その後10分ほどで紫波I.C.への道へ到着、理由はあとで聞くことに した。

★ここでレポーター交代 C1リヤシート★

 わははー。あの直前に速度計測70km/h ってゆー電光掲示板がありましたよね? あそこで、「なんで70キロなんだよ。」って思った瞬間に、ギャップでばいん!! と 跳ねたそうなんです。
跳ねた瞬間、リアサスが延びきって、「延びきったー」っと思った瞬間に、がこっ!!  って音がしたそうなんです。
「なんか落とした!!」って思ってリアシートを探ると、何もなかったそうで・・・急い で停めて見ると、Y嬢を乗せるためにリアシートの更に後ろに積みなおした寝袋がナンバーを隠してたみたいようで、積みなおしていたそうです。A^^;;;;;;;;;;;;;

★本人談★

 ショーネンの眠りごけ事件は、センセイが急にブレーキ掛けた瞬間僕も「フヌッ」ってきかないブレーキを握力でねじ伏せてると、ギャップでリアサスがビョンって伸び切って、ずらして積んでた寝袋がさらにずれてナンバー隠してしまい「ふるおさん仕様」になってしまったんで、止めてなおしたいなーってパッシング何回しても気づいてくれないんで一人止まって直してましたとさ。 (以上、R4北上組)
 

【交差点にこだまする9Rの響き】

 コバルトラインを抜けて、石巻の町中をパレード中のこと。わたしは、十数台くらいの9Rの集団の中で、信号待ちの最後尾にいました。

 ぼーっとしていると、そのうち前方から、「ガコッ、ガコッ、ガコッ、ガコッ、ガコッ、ガコッ、、、」と、聞きなれた音がウエーブになって、、。

 そうです。先頭の9Rが横の信号が黄色になったのをみて、シフトを一速に叩き込んだ瞬間に「ガコッ。」 うしろが連鎖的に「ガコッ。」。これがウエーブになって後ろまでやってきたのでした。わたしもあわてて「ガコッ。」

 このあと、何回か信号待ちがあり、そのたびにおかしいようなうれしいような、、。なんか妙に連帯感。
ちなみに、ガコッにまじって、「グオン。」と排気音も入るのですが、みんなの排気音のでかさがちがうのであまり迫ってくるかんじがないです。やっぱりウエーブは同じ音がせまってくる「ガコッ。」がいいです。
ですから「ガコッ。」を爆音仕様にするのは禁止にしてください。>事務局長。

 50台くらいで、「ガコッ。」のウエーブしたら、気持ちいいだろうな。らっくばーどにはできるまい。勝ち。
でも、Ninja会とかでやられたら、数でまけますねえ。負け(涙)。
 
 



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