日蓮宗要心寺の歴史
要心寺より 津軽の霊峰 岩木山を望めます。
仲良しネコ、しろ君くろ君です。


要心寺本堂

建立縁起

江戸時代後期、嘉永6年(1853)の創立、開山開基は要心院日正上人、三橋山要心庵と称していたが明治33年(1900)要心寺と寺号公称。 当地は石川家・長内家と法華経の教化を受けた人が多くいたが、地区の豪族三橋家の家人が病気に懸かり、要心寺の本寺である木造町實相寺第15世日淳上人の修法加持によって病気が回復したことから、日蓮宗に改宗し寺領を寄付し、本寺實相寺様より檀家5戸の分檀を得て創立された。

 祈祷本尊の鬼子母神様は、要心寺諸尊の中で最も古く、佛像背面刻銘には、弘前城北筒木坂村に奉安置、本行寺二十四世開眼主日琳、安政六年七月二十八日、日蓮宗京都佛師林如水作の像高さ76.4aの荘厳な祈祷本尊である。

 また境内地には明治22年(1889)近くの日本海にて座礁転覆の米国帆走船、チェスボロー号遭難者2名の墓所がある。